エピローグ

- epilogue -

「どわーっ。らしくねーっ。我ながら、背中に虫酸が走りそーだぜっ」
 オル・ラハートから見えない砂丘の陰に入ってから、テオンは突然真っ赤になって走り出した。
 できるだけ早くその場から去りたいとばかり、全力疾走する。
 そのまま砂丘を一つ越えて、テオンはようやく速力を緩めた。
「いやー、勢いとは言え、よーもまーあーゆー恥ずかしーマネをさらすもんだ。自分で自分に呆れちまうぜ」
 にやにや笑ってから、彼はふと寂しげな表情になった。
 足が停まる。
「……しかし、あのバカ、ほんとにどうして俺に一声もかけずに、さっさと出ていっちまったのか……」
 寂寥感に耐えかねて、彼は思わず星空を振り仰いだ。
 そのとき。
「“あのバカ”がどーかした?」
 テオンの背後から、若い女の声がした。
 テオンの身体が硬直した。
 ゆっくり後ろを振り返る。
 そのテオンの網膜に映ったのは、砂丘の陰からのっそりと姿を現す四足騎獣カウメルの姿だった。
 細く長い首、節くれ立った脚、ぷっくりと膨れた背中のコブなどが見えた。
 二つあるコブの間に、鞍代わりに幾重にも折った厚織りの布がかぶせられている。
 そして、その上に呪紋を織り込んだマントに身を包んだ女魔法戦士の姿があった。
「ひょっとして、西南にあるス・ラ・オルのオアシスにいくつもりなのかしら? 奇遇ねえ。あたしもちょーどそっち方面に向かうとこだったのよ」
 わざとらしく言った後、メイエはいぢわるそーな笑みを浮かべた。
「でもねぇ。乗せたげる余裕はあるんだけど、人のことを“バカ”なんて言う協調性のない人と一緒に旅をするのはヤだしぃ。どーしよーかしらねー」
 テオンがぶっ殺しそーな目でメイエを見た。
「てめえぇぇぇ。待ち伏せてやがったのか。ふざけんなよっ」
「『ふざけんな』じゃないわよ。このカウメルはテルナ姫さまが“二人で使うように”って下賜くだされたものなの。そんなわけだから、残念ながら、一人で乗り逃げするわけにいかなかったのよ」
「ふんっ。なーにが『残念ながら』なもんか。そんなもん、お前にくれてやらァ。俺にはちゃんと二本の足があんだからな」
「あら、そうお? でも、やっぱカウメルに乗ってた方が楽よお。あ〜、らくちんらくちん」
 爆発寸前のテオンを高いカウメルの背中から見おろして、メイエがへらへら笑った。ざーとらしく、コブに身体を預けてみせたりなんかする。
「こンの性格ブスが好き勝手ぬかしやがってぇぇぇぇ〜〜〜」
 憤怒に表情を染めたテオンは、しかし。
「どーする? 乗せてほしい?」
 このメイエの一言で激しい葛藤と戦うことになった。
 何しろ、次のオアシスであるス・ラ・オルまでは優に六リディ(四十一・四キロメートル)もあるのである。徒歩で進んだなら、途中で夜が明けてしまうことは目に見えていた。
 身体中の脂が融け出すような酷暑と、安穏なカウメルの背中のイメージがテオンの脳裏に交錯した。
 そして……。
「……お願いです。乗せてください」
 次の瞬間、テオンの矜恃は粉々に爆散していた。
「おほほ。わかればいーのよ、わかれば」
 メイエもいぢめに満足したのか、素直に同乗を許してくれた。
 腕を伸ばして、テオンを上へと引き上げてくれる。
 しかし、残念ながらカウメルの背中は二人で仲よく騎乗するには少々狭すぎた。
 コブとコブの間の空間で、テオンとメイエの身体が複雑に絡み合った。
「よいしょっと。痛ててて。そんなに押すなよ」
「押すなよって……。だーっ! お尻に触るのはよしなさいって言ったでしょ!」
「んなこと言ったって、んじゃ、こーすると……」
「胸にも触るんじゃないーーーーーーっ!」
「そんじゃ、いったいどーせいっちゅーんじゃ?」
「鈴みたく、首んことにぶら下がる」
「……おまいなぁ」
 おもしろおかしい二人を背中に乗せて、星明かりの下、カウメルはのんびりと砂丘の連なりを越えていくのだった。



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