星 明 り

- starlight -

“終わり”は“次の始まり”である。

--- エフィット・フラヴァリオン“すべての夜に”より
 十六夜が沖天に輝いていた。
 ほとんどの隊商が旅立ってしまい、オル・ラハートの市は一日の大半がそうである静けさを取り戻している。
 本来であれば、オル・ラハート都城に四つある城門はとうに閉門の時間である
 だが、今宵、何故か都市の南大門は閉じられていなかった。
 そして、そこにたたずむ一群の人影があった。
「やはりいってしまうのですね、テオン」
 そう言ったテルナ姫の瞳は、あやかな星明かりの下でも潤んでいるように見えた。
「ああ、ここにいつまでも居ると、無理矢理お姫様のおムコさんにさせらせそーだからな」
 テオンが背中に背負った雑嚢とブロードソードを揺すり上げながら、笑った。
「なんだ、テオン。われらがテルナ姫さまが相手では不満か?」
 テルナの背後に影のように立ったオンジアス・マグバードが言った。
「いやいや、それはむしろ逆だよ。テルナ姫のようなすてきな女の子には、俺みたいな無神経な男はふさわしくないと言ってんだ」
 苦笑してから、テオンは握り拳でマグバードの胸をどんと突いた。
「テルナにすてきな旦那さまが見つかるまで、今度はおまいさんがしっかりしなきゃなんねーんだ。頼むぜ、王室警護隊長さんよ」
「お前に言われなくとも、そんなことはわかっておるわ」
 ごつい拳で突き返してくる。
「それより、お前の方こそ気をつけたがいいぞ。結局、あの塔の残骸の下から二人の魔法使いたちの死骸は見つからなかったのだから。せいぜい、復讐に燃えた奴らに寝首をかかれんようにな」
「傭兵なんて職業を選んじまった以上、恨まれるのには慣れてるよ。むしろ、心配なのは……」
 ここまで言って、テオンはふと視線を周囲にさまよわせた。
 今宵のテルナの外出はお忍びだったので、テルナの後ろに控えているのは警護兵が三人ほどである。兵は他にも何人か居るはずだが、姿は見えない。
 少なくとも、テオンが求めた人物がそこに存在していないことは確実だった。
「メイエ……ですか?」
 テルナがその名を尋ねた。
 テオンが見ていておかしいほど慌てた。
「な、何で俺があのオタンコナスのことを心配しなきゃなんねーんだ? じょーだんじゃねー。あのバカ、まだ傷が完全に直ってねえってのに、勝手に一人でほこほこ出ていきやがって。あんなのァ砂漠の真ん中で野垂れ死んでミイラになったって、だーれも心配すりゃしねーって」
 やたらと多弁になる。
 テルナはそんなテオンの表情を寂しげに、そして少しうらやましげに見ていた。
 それから、彼女は言った。
「……わたしも早く、わたしのことを“オタンコナス”って呼んでくれる男性を見つけることにします」
「いや、だからァ……」
 神妙なテルナを説得しようとして口を開きかけ、結局テオンはそれを諦めた。
「ったく、テオンさまらしくもねー。かっこわりーよな」
 小さく呟いてから、話題を変える。
「こうやって話をしていたら、いつまでも思いが尽きねえや。そろそろ行くことにするよ。王さまによろしく伝えてくれ」
 思いを断ち切るように、皆に背を向ける。
 そして、彼は『もう何を言われても聞かないぞ』という意志を背中にみなぎらせて、歩き始めた。
 その彼が足早にオル・ラハートの大門をくぐり抜けようとしたとき。
「テオン!」
 呼び止めるテルナの声が夜闇に響いた。
 そして、結局彼は足を停めた。
 ゆっくり振り返る。
 すぐ後ろに、駆けてきたテルナがちょっと息を弾ませながら、立っていた。
 テルナは言った。
「待って、テオン。最後の……最後のお願いがあるの」
「お願い?」
 怪訝げな表情のテオンの前で、テルナは真っ赤になりながら告白した。
「その……キスして」
 目を閉じて、顎を少し上向かせる。
 胸の前で組み合わされた両の手が微かに震えていた。
 テオンがテルナ姫のその可憐な風情を無言で見おろした。
 そして、両肩に手を置いた。
 テルナの胸が破れそうなくらい弾んだ。
 たっぷり三拍後、テオンの唇がテルナの……額に触れた。
「あ……」
 瞳を開いたテルナの目の前に、慈しみに満ちたテオンの満面の笑顔があった。
「テルナ、きみはとってもかわいいよ。いつかきっと、きみのその笑顔のために命を投げ出しても構わないと思う男性が現れるに違いない。そのときのために、大切なファースト・キスは大事にしておかなきゃ、ね」
 テオンの腕が離れた。
 再度、背を向ける。
「それじゃ……本当にさよならだ」
 今度こそ、テルナは去ってゆく者の名を呼べなかった。
 彼女はオル・ラハート都城南大門に立って、無言のまま小さくなってゆく背中を見送った。


前へ もくじへ 次へ