襲 撃
- Charge -

四方の諸神よ、しかと見よ。ここぞ我が死ぬに足る場所なり。

--- パーシパル・クドミオンがオド・サイア会戦の際、叫んだ言葉
 うらうらとやわらかな日差しが差し込む窓辺。
 砂漠気候のえげつないばかりの陽光も、ここでは巧みに配置された庭の樹々によって弱められている。
 テルナ姫はそんな私室の窓際に立って、ぼんやりと外を見ていた。
 心ここにあらずといった風情である。
 わずかな風が肩先の金髪を揺らしていた。
 と、姫の背後の戸が音もなく開いた。メイエが顔を見せる。
「お姫さま。こちらにいらっしゃったのですか。お姿が見えなかったので、探しました」
「ごめんなさい。ちょっと一人になりたかったものですから」
 物憂げに答えながら、テルナは近くに置かれた白い丸テーブルに戻った。ティーサーバーを手に取って、メイエに問う。
「メイエもお茶をいただきませんか? 気を張りつめてばかりだと大変でしょう」
「さあ。どっちかって言うと、魔法使いの連中に対してより、あのバカがまたなんぞしでかすんじゃないかって心配する方が気疲れしますけどね」
 苦笑しながら、メイエは素直にテーブルに近づいた。
「それじゃ、せっかくのお言葉ですからいただきます」
「さあ、どうぞ」
 香ばしいお茶の香りが窓辺の陽光の中に満ちた。どうやら、これはマウレーオン特産のファレン茶らしい。
 色がついたかつかないかのそれを一口唇に運んだメイエの表情が輝いた。
「おいっしー!」
「そう言ってもらえると、お世辞とわかってても嬉しいわ」
「お世辞じゃありませんよ。あたしはこんな仕事をやってる関係で、世界中のあちこちに行ったことがあるんです。んで、いろんなとこでいろんなものを食べたり飲んだりしましたからおいしいものにはうるさいんですけれど、お姫さまの煎れたお茶はお世辞抜きでおいしいです」
「うふふ。ありがとう、メイエ」
 テルナは気弱げに微笑むと、ふと視線を窓の外へ逸らした。
「……テオンもやはり世界中のいろんなところに行ったのでしょうね」
「あいつの場合は食べられさえすりゃあ何でも構わないんで、世界の珍味になんか興味ないですよ、きっと。あいつの頭ン中にあるのは『世界中の美女と親しくするにはどうすればよいか』、これだけです」
 勝手にお茶受けの焼き菓子をぽりぽり食べながら、メイエはくすくす笑った。
 そんなメイエの様子を見たテルナの表情がふとかげった。
「……テオンの話をするときはとても楽しそうね、メイエ」
 しかし、焼き菓子に気を取られたメイエはテルナの様子に気がつかなかった。
「そんなことありませんよお。何が楽しいものですか。あいつったら、あたしの胸やお尻にはしょっちゅう触るし、その辺の女の子にはすぐちょっかい出すし、ろくでもない奴ですよ」
「でも、好きなんでしょう?」
 テルナがぽそりと言った言葉に、メイエは口に含んだファロン茶を吹き出しそーになってしまった。
 真っ赤になって否定する。
「ななな、何を言い出すんですかっ。いきなりっ! 何が悲しゅーてあんなむき出しスケベ野郎を好きになんなきゃいけないんですっ!」
 不必要にムキになっているメイエに、テルナは追い打ちをかけた。
「でも、いつも二人一緒に居るんじゃないです? 嫌いな人とは一緒に居たくないでしょ?」
「あたしたちの場合は好悪の感情に関わらず、それ以前に“仕事”ってのがあるんです。別に、あたしはあんな奴のことなんか……」
 口をとんがらせている割に、頬の紅いメイエである。
「テオンも満更ではない様子ですし、お似合いのカップルですよ」
「でーすーかーらー。どーしてお姫さまはそーゆーふーにあのゴクツブシとあたしとをくっつけようとするんですかっ」
「だって、そう思わないと、悔しいから……」
「……え?」
 テルナがぽそりと漏らした言葉に、メイエは凍り付いた。
「い、今なんて……?」
「あ……」
 メイエの態度に、テルナは自分がまずいことを口にしたのを悟った。
「わ、わたくしはべ、別にメイエに嫉妬しているわけでは……」
 掌で口を隠してももう遅い。かえって傷口を広げてしまったテルナは首筋の白い肌まで薄紅色に染まった。
「姫さま……。まさか、姫さまもあのすけべ大魔王のことを……」
 メイエが羞恥にうつ向いているテルナにおそるおそる尋ねようとしたとき。
「おーい、メイエぇ! 居るかァ?」
 突然、部屋いっぱいに当のテオンの胴間声が響き渡った。
 メイエとテルナの二人は喉から心臓が飛び出してくるほど驚いた。弾かれたように背後を振り返る。
 その二人の視線のきつさに、テオンは戸を開いた姿勢のままで怖じ気づいた。
「ふ、二人ともなんだよう? 俺ァまだなんにもしてないじゃんかよお」
「あんた、さっきからそこに居たのっ!? まさか、あたしたちの話を盗み聞きしてたんじゃないでしょーねっ!」
 メイエの厳しい詰問に、テオンは首をぶんぶん横に振った。
「んなことしねえって。俺ァたった今来たばっかだよ。厨房のじいさんがメシの準備を始めるっつーから、おまいを探しにきたんだ。でねーとまた、毒味がどーこーってうるさいから」
「ほんとのほんとに聞いてないでしょうね?」
「しつこいなァ、おまいも。傭兵に二言はねえよ」
 その答えを確認して、メイエはようやく肩の力を抜いた。テルナを見る。
「安心してもいいみたいですよ、お姫さま」
「なんだよ? なんか俺に聞かれたらマズイ話をしてたのか?」
「あんたには関係ない話題よ。それよりも……。さあ、お姫さま、参りましょう。厨房が夕食の準備を始める時刻ということは、日もかなり傾いております。まだ、暦法と経済のお勉強があるはずでごさいましょう」
「そ、そうね」
 メイエとテルナの二人は怪訝げな表情をつくるテオンの前をそそくさと通り過ぎた。
 テオンがその後ろに、しつこく食い下がった。
「なあ、何の話してたんだよ? まさか、ほんとにヘンな話してたんじゃねーだろーな。レズはいかんぞ、レズは。ここにこーんなに素敵な男性が居るんだからな」
 廊下を先行していたメイエの足がぴたり! と停まった。
 振り返り、テオンを蔑みの目で見る。
「あなたって、ほんっとサイテーね。デリカシーのかけらもありゃしない」
「デリカシーってなんだよ?」
 言われたテオンは豆鉄砲を食らった鳩になった。質問する。
「そのデリカシーっつーのは食えるのか?」
*
「ふわっ……」
 テオンが喉の奥まで丸見えにして大あくびした。周囲の気圧が低くなっちゃうんじゃないだろうかと心配になるくらい大きなあくびである。
 「あふあふあふあふ……」
 目尻に滲んだ涙を拳でぐしぐし拭って、頭をぶぉりぶぉり掻く。
 その姿を横目で見て、メイエは頭を抱えたくなった。
「……ったく、お姫さまも難儀な奴を好きになっちゃったもんね」
「なんかゆったか?」
「なんでもないわよっ」
 時刻はとうに夜半を過ぎていた。
 七日にわずかに足りない細い月が沖天で輝いている。
 テオンとメイエの二人は庭の植え込みの陰にじっと潜んでいた。
「なあ、少し寝ていいか? 後で、見張りは交代するからよお……」
 退屈に耐えかね、テオンがずるい提案を口にしたとき。
「しっ! 黙って!」
 メイエが素早くテオンの口を塞いだ。
「んーっ! んんんん〜〜っ!」
「黙れっつっとんのがわからんのか、このボケっ」
 メイエ怒りの一撃を食らって、テオンはようやく静かになった。
 息を殺した二人がわずかな月の光に照らされた庭を見ていると……。
 突然、何もない空間が裂けた。
 音もなく、空虚な宙空が割れたのである。
 風景を描いた描き割りの布をナイフで切り裂くように、別の空間が顔をのぞかせていた。
 そして、そこから吐き出される黒い影がふたつ……。
「なるほど。亜空間が王宮の内部につながらない理由がわかったわ」
 影のひとつ、黒髪の女魔法使いロオナが足元の地面を指さした。
「うん? 銀の短剣か?」
 もう一つの影、銀髪の美形アラムがそれに手を伸ばした。
 「この手の呪具を建物の周囲に配して、結界をつくる。単純ではあるが、確かな対処法だな」
 言いながら、アラムが地面に突き刺さった短剣を引き抜こうとしたとき。
「待って!」
 ロオナがその動作を引き留めた。
「なんだ?」
 怪訝げなアラムに代わって、ロオナが手を伸ばした。
 血のように紅い煽情的な唇から低く呪文が漏れる。
 それにつれて、短剣が刺さった地面がぼんやりと光り始めた。
「やっぱりそうだわ。下に騒霊(バンシー)が封印してある」
「不用意に短剣を抜くと、騒霊が大騒ぎして侵入を知らせるって寸法か。なかなかに侮れない周到なやり方だ」
「お誉めにあずかって、光栄ね」
 アラムが顎に右手をやって感心したのを見届けて、メイエが隠れていた植え込みから立ち上がった。
「幻獣の類を送り込んでも一向にらちが開かないから、本命のご登場ってわけかしら?」
 言葉で牽制しながら、月の光に体をさらす。メイエの両手首、足首などに刺青された星型の紋章が賦活されて、微光を発していた。
 その姿を確認して、アラムが意外そうに左の眉をつり上げた。
「ほう、これはまた。お前の見張りを入れて、三段構えの警備体制か。大仰なこったな」
「ぶーっ。はずれ」
 背後からの声に、アラムは弾かれたように声の方向を振り返った。
 「正解は最後に登場、真打ちのテオンさまを含めての四枚ブロックでした」
 ついさっきまでメイエと一緒に居たはずだが、いつの間に移動したのだろうか。
 そこでは、巨大なブロードソードを鞘ごと肩に担いだテオンが例のごとくへらへらと笑っていた。
「罰ゲームはお二人ご一緒に地獄へご招待だ。ありがたく招待されてやってくれ」
 軽口とともに、革でできた鞘が月光の中へ舞った。
 鋼の剣風が轟とうなって疾った。


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